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 「よし、次は井上ひさしだ。こいつも不敬な発言をしている。許せない」と、仲間の一人が電話をかける。最初は「この野郎! 馬鹿野郎!」と怒鳴っているが、そのうち、口ごもる。そして、「ウルセー!」と言って切っちゃった。次の男が替わるが、途中から黙り込む。そして、「今、忙しいから。じゃ又」と言って切る。何、言ってんだよ、こいつは。それに、別に忙しくねえだろう。「不敬な奴を脅すのがお前の仕事だろうが」と言ったら、「じゃ、鈴木さん、替わってくださいよ」と言う。だらしがない奴らだ、と思って電話をかけた。井上が出た。逃げない。「あっ、右翼の方ですか。毎日、運動ご苦労さんです」と言う。拍子抜けした。そして、とんでもない事を言う。

 「私も天皇さんは好きですし、この国を愛しているつもりです。その証拠に、歴代の天皇さんの名前も全部言えますし、教育勅語も暗誦してます。右翼の人は当然、皆、言えますよね。あっ、ちょうどよかった。今、言ってみますから、間違っていたら直してください。どっちからやりましょうか。歴代の天皇さんの名前から言いましょうか。えーと、神武、綏靖……」とやる。黙って僕も電話を切った。

 完敗だ。そうか、井上は歴代天皇の名前も教育勅語も暗誦させられた世代だ。こっちは知らない。悔しいが、どうしようもない。「じゃ、お前やれよ」と残った仲間に言ったが、「とても敵いません、ダメです」「嫌ですよ」と皆、逃げる。

 それから数日して、「よし、もう一回やろう」と思い立った。「でも井上ひさしには敵わないよ」。「だから、奴がいない時を狙ってやる。女房や子供を脅す。本人が出たら切ればいい」

 よし、復讐戦だ、と意気込んだ。都合よく、奥さんが出た。「あっ、右翼の方ですね。毎日、運動ご苦労さんです」と言う。調子が狂う。「今の世の中で自分の思想を訴え、貫くなんて大変ですよね。立派ですよね」と言う。「だから私、前からとても興味を持ってたんです。一日中、街宣車で走ってるんですか。それで、朝は何時頃、起きるんですか。朝食は何を食べるんですか。パンや牛乳は毛唐のものだから絶対に食べないんですよね」……と、矢継ぎ早に質問する。参った。「ウルセー、今、忙しいんだ」と脅迫者の方から電話を切った。次の男も質問攻めに辟易し、電話を切る。「お前やれ」「やだよ」と、皆、逃げ回る。

 惨敗だった。それでもう脅迫電話は一切、やめた。